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徒然なるままに、書き記します。
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 一昨日、書きましたら、早速、mixiにメッセージをもらいまして…
 何気に、返事を書くのもどうかとも思いますが…

 ま、君のいた頃のかの中学校のことでも書こうかと思います。
 これが、まさに、私の「問題解決能力」ってあたりを。

 私が赴任したころは、かの中学校は、だれも赴任したいと考えるような学校ではなく。 着任した頃は、頑張りますとか言っていたものの不安だらけの毎日でした。
 最初、自分は何かを期待されてきたものか思っていましたが、どうやらそうでもなく
もしかして、俺って捨て駒?くらいのストレス感でした。
 当時、キンキキッズの「フラワー」が朝の音楽だったので、あれを聞くたびに、あぁ、今日も無事に終われば良いって、覇気がなく通勤していたのを思い出します。
 ま、原因もあってのことで、今に思えば、当時、通っていた生徒も、かわいそうだったと思えば、そうなんだと思います。
 が、私は、あのとき、悪さした人たちは、「ごめんなさい」って、言わないと会わないけどね…(^□^)

 その当時の不満の原因を簡単にあげると
1.校則の変更。男子の頭髪が、坊主っていうのが変更できないかという問題。
2.学校と地域がうまくいっていない。

 この2つが大きいのですよ。そして、1の校則変更をするには、生徒のみならず、2の地域の方々の了承も必要なわけでして…
 学校は、地域に根ざしており、たとえ、生徒の髪のことだって、ずっと続いた伝統をむげに無視はできないのです。

 前任校では、2年生の担任をしており、当然、1,2年持ち上がりの初担任。生徒会担当。それを無理にはがされるように、転勤させられたので、未練たらたら。それも口に出せない。

 そして、転勤では、3年担任。しかも、初3年担任。さらに、なんと生徒会も担当。 今にして思えば、こんな逆境で、よく生き延びたという感じです。

 いずれ、このあたりは、後で書くとして…

 このときの優秀な私のクラスの生徒が、隣の小学校の先生になったというのも何かの縁か?もしかして、当時の校長先生→現教育長の差し金か。ってのは、冗談。
 (偶然にしてもよくできた偶然だ(^_-))

 ま、いずれにせよ、1年間、すっかり疲れ切った私は、次の年は、休みたかった訳で、
真剣に、副担希望、研究主任希望で校内人事を出しました。
 そ、次来る児童だって、前評判が良いていうわけでもなかったし…

 ま、希望は希望で。
 29歳にして研究主任って役職になってしまい、担任、当たり前でしょうの世界で、兼務してのみなさんの学級の担任に決定しました。

 それならば、そうなったので仕方がない。

 私の最初の仕事は、当時、ぼろぼろになった机をとにかく、直すこと。
 遠野の学校の机は、全体が木製でしたので、天板を外して、毎日、それをベルトサンダーに掛ける。穴を埋めて…
 全部、終わって、それをニスで塗って、完成。
 全部の机を直しました。毎日、技術室に通って…
 そういう意味で、本当に頑張りました。

 この話は、第一回の学級通信に載せたはず。

 この生徒は、多分、3年間持つことになるだろう。
(私の人生で、何度、1~3年まで持てるだろう。実は、これ以降、1~3年まで持てたことはない。最初で最後?)

 だから、これからの戦略もちゃくちゃくと考えました。

 まずは、これからのことをしっかり考えてみました。

 これが「校則の自律化」。

 頭髪自由化でもなく、校則改善でもなく、「校則の自律化」。

 これは、来た当時から考えてみました。
 あいにく、1年目にはそれをどうこう実行するほどの力はありませんでしたが。

 「校則の自律化」。理論を考え出しました。皆が納得できるよう。

 そして、地域に認められる学校にする。

 この学年は、3年生の時に、遠野地区中学校生徒会協議会の事務局校になるのは分かっていましたので、正直、その生徒会担当になるのは、二の足を踏むわけですが、ま、なってしまったものは仕方がない。これを最大限利用しないと…

 いずれ、この戦略を達成するには、あるべき姿を考えないとならない。

 しっかりとした学級経営とリーダー育成。

 だから、学級もこだわりました。

 学級リーダーは、しっかり選ばせる。いろいろと考える視点を与える。
 とにかく、班替えにはこだわりました。
 絶対、ただ、やりたいからでは、班替えはしない。
 最も小さい集団を育てる上で、大事な組織であるから。

 あと、リーダーは、よく見て決めておりましたが、
 一番は、強力で、人前でどうどうと話せる人物。

 もう、しんくんには、すぐに目を付け、1年生の4月の家庭訪問で、将来、生徒会長にしたいって、お父さんに話したと覚えています。(ゴメン、実名を出して)

 お父さん、とっても良い人で、こんな素っ頓狂な私の話もまじめに聞いてくれ、
後々は、先生のこと好きなんだよ … って、言ってくれたり。
 何より、あの学級の家の人との信頼関係も大きかったなと思います。

 ま、ここまでは、皆を迎えるまでと1年の4月くらいまでを書いてみました。

 そうだな、あのとき、先生は何を考えて、僕たちを指導してきたのだろう?
 とっても良い視点ですね。

 そ、私も少し忘れかけたいたこと思い出したよ。
 
 私くらいの頭だと10年くらいたってもほぼ、リアルに昔のこと覚えていますので

 文って、そのとき書いた方が、良いときもあるかもしれませんが、もっと、離れて冷静になったときにかくのもありかと思います。

 正直、小説「セカチュウ」を読んだとき、これって若い人が書いているのだろうか?って思って、最初読んだけど、実は、40を過ぎた人が書いた本だと分かってビックリしたのを覚えています。
 もしかしたら、それくらい落ち着いた方が、みずみずしい文章を書けるかもしれないね。

 さて、さすがに長くなりますので、この後は続きとします。
 つづく…
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